日本テレビ報道史に残る伝説の番組「ニュースステーション」。
1985年から2004年までの18年半、メインキャスターを務めた久米宏さんは、当時の民放報道を変えた革命児として今も語り継がれています。
視聴率は平均10〜15%台、ピーク時には20%超えも記録し、毎晩のように多くの人がテレビの前に釘付けになったあの時代。
そんな超人気番組の顔だった久米さんのギャラは、一体どれくらいだったのでしょうか?
久米さん本人が公式に金額を明かしたことはありませんが、当時の高額納税者ランキングや関係者の証言、メディアの報道を基にしたさまざまな推定が飛び交っています。
中には「1回150万円以上で月収3,000万円オーバー」「全盛期は3〜5億円規模」との声も…。
バブル期の広告収入が爆発的に伸び、報道番組の価値が急上昇した時代背景も、この怪物級ギャラを後押ししたと言われています。
今、あの時代の「テレビの頂点」に立っていた男の報酬がどれほどだったのか、改めて振り返ってみましょう。
果たして「1回300万・年収3億」は本当なのか?それとももっと上だったのか?
数字の裏側に隠されたエピソードも交えながら、深掘りしていきます!
久米宏のニュースステーションとは?

日本テレビ報道史に燦然と輝く伝説の番組、それが「ニュースステーション」(通称:Nステ)です。
1985年10月7日から2004年3月26日まで、テレビ朝日系列で平日夜10時台に生放送された大型報道番組で、18年半という長期にわたり多くの視聴者を魅了しました。
メインキャスターを務めたのは、久米宏さん(当時43歳でスタート、番組終了時は60歳目前)。
久米さんの軽妙で歯に衣着せぬトークと、「中学生でもわかるニュース」という革新的なコンセプトが最大の特徴です。
それまでの堅苦しいニュース番組のイメージを覆し、ニュースを身近で親しみやすいエンターテイメントに変えた、まさに「報道の革命児」と呼ばれる存在となりました。
久米さんは番組を「ニュースショー」と位置づけ、単なる情報伝達ではなく、視聴者と一緒に考え、時には怒り、笑う番組に仕上げました。
バブル期から阪神淡路大震災、9.11、PKO法案など激動の時代を、毎晩のように全国に届け、日本の報道番組のスタンダードを変えたと言われています。
最終回では、久米さんが「本当にお別れです。さようなら!」と締めくくり、多くの視聴者が涙した名シーンも今なお語り継がれています。
「ニュースステーション」は「テレビ黄金時代の象徴」として、永遠に色褪せない輝きを放ち続けています。
久米宏のニュースステーションのギャラはいくら?1回300万で年収は3億円?

日本テレビ報道史に残る伝説のキャスター、久米宏さんが18年半にわたりメインを務めた「ニュースステーション」(1985〜2004年)。
当時の民放報道番組では異例の超高視聴率を叩き出し、毎晩のように全国のテレビを独占したこの番組で、久米さんのギャラはどれくらいだったのか?
今なおネット上で語り継がれる「衝撃の数字」をまとめます。
・1回の放送あたり推定ギャラ
各種まとめサイト・週刊誌報道・当時の推定で最もよく見かける数字が約300万円。
平日5日放送なので、単純計算で月間約6,000万円、年間で約7億円超という試算も出ていますが、これはあくまで「1回300万説」の極端なパターンです。
・年収推定の主流説
全盛期(1990年代前半〜中盤)の年収は約3億円前後というのが、最も多く引用される数字。
高額納税者ランキング(当時の国税庁発表資料)や関係者証言、テレビ業界誌の推測に基づくもので、3億円〜4億円の範囲で語られることが多いです。
一部メディアでは「ピーク時5億円近く」「契約金なしの純粋出演料だけでこれだけ」という話も。
・スタート時の契約額騒動(1985年)
番組開始時にマスコミが「2億円〜4億円」と大々的に報じた契約金騒動がありました。
しかし久米さん本人が「出演料だけにしてほしい」と希望し、結果的に高額な契約金は受け取らず、毎回の出演料のみで契約したと本人が後年語っています(Wikipediaほか複数の情報源)
久米宏のニュースステーションのギャラはなぜ高額なのか?

久米宏さんが「ニュースステーション」で得ていたとされる高額なギャラ――
推定年収3億円前後、1回の放送あたり300万円という数字は、当時のテレビ業界ではまさに「異常値」でした。
なぜこれほどまでに報酬が跳ね上がったのか。
その理由は、いくつかの要素が完璧に噛み合った結果にありました。
まず何と言っても、番組の圧倒的な視聴率が最大の原動力です。
1980年代後半から1990年代にかけてのバブル期、日本ではテレビ広告費が史上最高レベルに膨れ上がっていました。
「ニュースステーション」は平日夜10時という、これまで報道番組がほとんど存在しなかった時間帯で、平均10〜15%台、ピーク時には20%を超える視聴率を連発。
民放のゴールデン・プライムタイムでこれだけの数字を叩き出す報道番組は極めて異例で、スポンサー企業がこぞってCMを出稿したいと思うほどの「金のなる木」になっていました。
1回のCM枠単価が跳ね上がり、番組全体の収益が巨額になったからこそ、久米さんへの出演料も比例して高額になっていったのです。
次に、久米宏という存在そのものの「唯一無二のブランド価値」が挙げられます。
「ザ・ベストテン」で築いた国民的知名度を武器に、久米さんは報道番組にエンターテイメント性と歯に衣着せぬ辛辣なコメントを持ち込みました。
「中学生でもわかるニュース」というコンセプトで、それまで堅苦しかった報道のイメージを一新。
テレビ朝日側も「久米宏でなければこの視聴率は取れない」と判断し、いくら払っても価値があると見なしたのです。
番組スタート時の1985年、マスコミが「契約金2〜4億円」と大騒ぎした際も、久米さん本人が「出演料だけにしてほしい」と希望したエピソードは、彼自身の自信と希少性を象徴しています。
さらに、番組の制作体制も高額ギャラを後押しした要因です。
「ニュースステーション」は久米さんの個人事務所「オフィス・トゥ・ワン」が制作に深く関与する形が多く、年間制作費が70億円規模とも推定されていました。
この巨額予算の中から、久米さんへの報酬が突出して高くなったと言われています。
局の正社員アナウンサーではなく「フリーの怪物級タレント」として扱われたことが、報酬の水準を押し上げたのです。
加えて、当時の時代背景も見逃せません。
阪神・淡路大震災など、社会を揺るがす大事件が続いた時期、ニュースの影響力はピークに達していました。
久米さんの独自視点や政治家への鋭い批判が毎回話題を呼び、「ニュースステーションを見る=社会を知る」というブランドを確立。
広告主にとって「高額でも出稿したい番組」へと変貌させ、ギャラの源泉をさらに太くしていったのです。
つまり、
久米さんのギャラが高額だったのは、視聴率の成功、久米宏という希少なブランド価値、時代背景による報道番組の価値急上昇、そして番組収益の好循環がすべて重なった結果でした。
この「当時のテレビの頂点に立った男の報酬」は、単なる数字以上の意味を持ち、「ニュースステーション」が日本の報道とテレビ史を根本から変えた証として、色褪せることなく語り継がれています。
まとめ|久米宏のニュースステーションのギャラはいくら?1回300万で年収は3億円?
ということで
久米宏さんのニュースステーションのギャラについてまとめてみました。
久米宏さんの「ニュースステーション」(1985〜2004年)のギャラは、本人が一切公表していないので全部推定です。
一番よく言われる数字は
・1回の放送あたり 約300万円
・全盛期の年収 約3億円前後平日5日放送なので、年間で3億円くらいになる計算。
一部では「ピーク時4〜5億円」なんて話も出ますが、だいたい3億円前後が定説です。
なぜそんなに高かったか?
バブル期の広告収入爆発+異常な視聴率(10〜20%台)+久米さんじゃなきゃ取れないブランド力=局が「いくらでも払う価値がある」と判断したから。
正確な金額は永遠の謎ですが、当時のテレビの頂点に立った男の報酬として、今も語り継がれる伝説の数字です。
ご一読ありがとうございました。
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✔久米宏さんのニュースステーション降板理由についてはこちらからどうぞ。

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