あなたは知っていましたか?
今や世界を席巻するロックバンド・ONE OK ROCK(通称ワンオク)の、バンド名「ONE OK ROCK」自体を名付けた人物がいることを。
しかもその人は、超イケメン俳優としてドラマや映画、舞台で大活躍中の小柳友さんだったなんて……!
このブログでは、そんな小柳友さんの“ワンオク時代”のエピソードや、当時の貴重な話、脱退後の現在までを深掘りしていきます。
知れば知るほど「え、こんな繋がりがあったの!?」と驚きの連続ですよ。
さあ、一緒にその隠された歴史を紐解いていきましょう!
【画像】小柳友プロフィール!身長189㎝で現在の年齢37歳!

小柳友プロフィール
名前:小柳 友(こやなぎ ゆう / Koyanagi Yu)
生年月日:1988年8月29日(現在37歳)
出身地:東京都
血液型:A型
星座:乙女座
身長:189cm(一部ソースで187cm表記もあり)
所属事務所:スターダストプロモーション
家族:
父:Bro.TOM(ブラザートム / バブルガム・ブラザーズのメンバー、ハワイ系アメリカ人と日本人のハーフ)
兄:小柳心(俳優・脚本家・作家)
特技:ドラム、クリフクライミング
趣味:アートクラフト、バスケットボール、スノーボード
旧芸名:小柳トム(幼少期モデル時代)
父はバブルガム・ブラザーズのBro.TOM(ブラザートム)、兄は俳優・作家の小柳心という芸能一家の次男として育ちます。
母親の勧めで3歳の頃から子供モデルとして芸能活動を始め、雑誌やCMなどで活躍。
2006年、映画「タイヨウのうた」で俳優デビュー。(大西雄太役)。
同年、日本テレビのドラマ「きたな(い)ヒーロー」でテレビドラマ初出演。
以降、映画「クローズZERO」(2007年)、「トウキョウソナタ」(2008年/黒沢清監督)では第23回高崎映画祭 最優秀新人男優賞を受賞し、一躍注目を集めます。
2010年には「ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦!ベリアル銀河帝国」で映画初主演を務め、特撮ファンからも支持を得ました。
ドラマでは
「翼」(2009年・連続テレビ小説)
「マルモのおきて」(2011年)
「平清盛」(2012年・NHK大河ドラマ)
「アオハライド」(2014年)
「科捜研の女」シリーズ
「ウルトラマンデッカー」(2022-2023年・アサカゲ博士 / バズド星人アガムス役)
など幅広いジャンルで活躍。
映画でも「ハナミヅキ」(2010年)、「BLEACH」(2018年)など話題作に次々と出演。
舞台・ミュージカル分野にも進出し、2012年に初舞台を踏み、2023年には「アンドレ・デジール 最後の作品」でミュージカル初出演を果たしました。
また、2015年と2016年には兄・小柳心とユニット「Gus4」を結成し、作・演出・出演を自ら手がける二人芝居にも挑戦しています。
現在もスターダストプロモーション所属の俳優として、ドラマ・映画・舞台を中心にコンスタントに活動中。
父・兄とのYouTubeチャンネルでの家族コラボも話題で、家族仲の良さがファンの間で好評です。
【画像】小柳友にワンオク時代があった?ONE OK ROCKの結成初期メンバーでドラマーだった!

当時は「You(ユウ)」という名前で活動し、バンド名「ONE OK ROCK」自体も小柳さんが名付けたと言われています。
深夜1時のスタジオ料金が安くなる「one o’clock」から「ひとつの良いロック」という意味を込めて。
2005年、堀越高校の同級生(Toru=山下亨、Ryota=小浜良太、Alex=鬼澤アレクサンダー礼門)たちとバンドを結成。
メンバーと「いつか武道館でライブしたい!」と夢を語り合いながら活動していました。
小柳友さんが2006年に抜けた直後、Taka(森内貴寛)が加入し、Tomoyaが新ドラマーとして定着。
ワンオクはインディーズデビュー→メジャーへ、世界ツアーや武道館公演を実現し、今や世界的に活躍するメジャーバンドとなっています。
【画像】小柳友がワンオクを抜けた理由は?

2005年に結成されたバンドでドラムを担当していた小柳さんは、音楽活動を楽しみながらも、幼少期からモデル経験があり、演技への情熱が強かったようです。
Wikipediaや公式プロフィール、複数の信頼できるメディア(Arty、ONE OK ROCK関連ブログなど)で共通して「役者の道に進むため」と記載されており、不仲やトラブルが原因という話は一切ありません。
小柳さんは2006年7月1日(一部ソースでは6月30日)に脱退。
バンドは同年7月26日に1stミニアルバムでインディーズデビューしており、デビュー直前というタイミングでした。
小柳友さんは脱退直後の2006年6月に映画「タイヨウのうた」で俳優デビューを果たしているため、音楽と演技のどちらかを本気で選ぶ時期だったと考えられます。
ラストライブは六本木のMorphで行われ、メンバーやファンから盛大に送り出されたエピソードもあり、円満な別れだったことがうかがえます。
ネット上では「人気が出始めたタイミングで抜けたから不仲では?」という憶測が一部で流れますが、
脱退後も小柳友さんがワンオクの武道館ライブを観に行ったり、メンバーとの関係が良好だったという話がファン間で語り継がれています。
特にTaka加入後の「本気でやるメンバーだけ残って」というようなエピソードもありますが、小柳友さんはそれ以前に自分の夢(俳優)を優先した形です。
トラブルではなく、純粋に個人のキャリア選択だったというのが定説です。
まとめ|【画像】小柳友にワンオク時代があった?ONE OK ROCKの結成初期メンバーでドラマーだった!
ということで
小柳友さんのワンオク時代についてまとめてみました。
小柳友さんがONE OK ROCKの結成初期メンバーであり、初代ドラマーだったという事実は、今となってはまさに「隠れた歴史」そのもの。
2005年の高校生時代にToru、Ryota、Alexとバンドを立ち上げ、「ONE OK ROCK」というバンド名を決めた張本人でもあった小柳さんは、わずか1年ほどで「役者として本気でやっていきたい」という夢を選び、2006年に脱退しました。
不仲でもトラブルでもなく、純粋に自分の道を優先した選択。
それが結果的に、両者にとって最高の分岐点だったと言えるでしょう。
今でも「ワンオクの武道館を観に行った」というエピソードが語り継がれるように、関係は良好のまま。
音楽と演技、どちらも「表現すること」に情熱を注いだ二つの道が、それぞれの形で大成した——
それはファンにとって、ちょっと感動的で、すごくポジティブなストーリーですよね。
「もし小柳友さんがそのままバンドに残っていたら…?」なんて想像は楽しいけど、
結局、彼が抜けたからこそ今のONE OK ROCKが生まれ、彼が抜けたからこそ今の小柳友さんがいる。
そんな「必然の別れ」が生んだ、最高の現在形。
これぞ、まさに「隠れワンオク時代」の美しい結末です!
小柳友さんのこれからの活躍も、ONE OK ROCKのこれからも、どちらも全力で応援したくなりますね♪
ご一読ありがとうございました。


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