伊藤穰一と小山田圭吾の関係は?はとこで兄弟レベルの親密な関係だった?

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伊藤穰一さんと小山田圭吾さん、名前はよく聞くけど、意外とつながりがあるって知ってました?

テクノロジーやデジタル分野で活躍する伊藤穰一さんと、音楽シーンで独自の道を歩む小山田圭吾(Cornelius)さん。

全然違う世界にいる二人なのに、実は若い頃から結構近い距離で過ごしていたみたいなんです。

伊藤さん本人の昔のブログに、そんなエピソードがちらっと出てきて面白いんですよね。

このブログでは、二人の意外な関係を、のんびり振り返ってみようと思います。

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目次

伊藤穰一とは?現在は千葉工業大学の学長で年齢59歳

画像引用元:https://www.youtube.com/watch?v=29R1ppEYJNw

伊藤穰一(いとう じょういち、Joi Ito)さんは、1966年6月19日生まれの59歳で日本のデジタル・アーキテクト、ベンチャーキャピタリスト、起業家、学者、作家です。

インターネット黎明期から現在まで、テクノロジーと社会の変革をリードしてきた人物として知られています。

幼少期を京都で過ごし、14歳頃からアメリカに移住。

大学(タフツ大学計算機科学専攻、シカゴ大学物理学専攻など)を複数中退した後、

日本に戻り、1990年代に日本初のインターネット企業の一つであるデジタルガレージを共同創業。

現在も同社の取締役兼チーフアーキテクトを務めています。

2000年代にはブログやクリエイティブ・コモンズの推進、TwitterやFlickrなどの初期投資などで注目を集め、

2011年から2019年までMITメディアラボの所長を日本人として初めて務めました。

この時期、テクノロジーの倫理・ガバナンス、AIやデジタル通貨の研究を主導しましたが、

2019年にジェフリー・エプスティーン関連の資金問題で辞任しています。

帰国後は、千葉工業大学で変革センター所長(2021年頃〜)、2023年7月から同大学学長に就任。

デジタル庁のデジタル社会構想会議委員、経済産業省のWeb3関連アドバイザー、

ブータンやカザフスタンのAI関連役職なども兼任し、多角的に活動中です。

著書に「9プリンシプルズ」(Whiplashの訳書)、「AI Driven AIで深化する人類の働き方」、「教養としてのテクノロジー」などがあり、

ポッドキャスト「JOI ITO 変革への道」も継続的に配信。

ニューロダイバーシティ(神経多様性)の推進や、AI・Web3の社会実装に注力しています。

テクノロジーを「人間中心」で進化させる視点が一貫しており、

起業・投資・研究・教育・政策の境界を越えて活躍するマルチタスクなキャリアが特徴です。

小山田圭吾の経歴やプロフィールは?元フリッパーズギターで現在の年齢57歳

画像引用元:https://www.youtube.com/watch?v=wJSF5pGR9e0

小山田圭吾(おやまだ けいご、1969年1月27日生まれ)さんは、日本のミュージシャン、音楽プロデューサー、マルチプレイヤーです。

ソロプロジェクトCornelius(コーネリアス)として国内外で高い評価を受けているアーティストで、実験的でポップなサウンドが特徴です。

東京都世田谷区出身。

音楽一家に生まれ、父はハワイアン・ムード歌謡ユニット「和田弘とマヒナスターズ」の三原さと志さん。

学校法人和光学園の和光小学校・中学校・高等学校を卒業後、セツ・モードセミナーに通いながら音楽活動を始めました。

1989年、中学校の同級生・小沢健二さんと結成したフリッパーズ・ギターでメジャーデビュー。

渋谷系ブームの火付け役となり、「CAMERA TALK」(1990年)などのアルバムで一世を風靡しましたが、1991年に解散。

その後、1992年にレーベル「トラットリア」を立ち上げ(2002年まで運営)、1993年からソロとしてCornelius名義で活動開始。

1997年のアルバム「FANTASMA」で国際的にブレイクし、アメリカのMatador Recordsと契約。

以降、Beck、Blur、The Avalanchesなどのリミックスやコラボ、坂本龍一・高橋幸宏(Yellow Magic Orchestra関連)との共演も多数。

2001年の「POINT」、2006年の「Sensuous」、2017年の「Mellow Waves」、2023年の「夢中夢」など、時代ごとに進化するサウンドで知られています。

グラミー賞では、第51回でサラウンド・サウンド部門ノミネート(映像作品関連)されるなど、

音楽とビジュアルを融合させたライブパフォーマンスも評価が高いです。

プロデュース業も活発で、Pizzicato Fiveや他のアーティストを手がけ、渋谷系からエレクトロニカ、実験音楽まで幅広い影響を与え続けています。

プライベートでは過去にミュージシャンの嶺川貴子さんと結婚(2000年〜2012年離婚)、一児の父。

2021年の東京オリンピック開会式作曲担当就任・辞任騒動(過去のインタビュー記事関連)で注目を集めましたが、現在も音楽制作を中心に活動中です。

伊藤穰一と小山田圭吾の関係ははとこだった?

伊藤穰一さんと小山田圭吾さんははとこ(second cousin)です。

これは伊藤穰一さん本人が2002年のブログ「Blogging with Cornelius」で本人が明記した事実で、

「Keigo “Cornelius” Oyamada is my second cousin. But I think we are closer than our relative cousins.」(本当ははとこだけど、普通のいとこよりずっと近いと思う)と書かれています。

日本語版でも「今日僕の従兄弟(本当ははとこ)の小山田 “Cornelius” 圭吾に…」とあります。

今日僕の従兄弟(本当ははとこ)の小山田 “Corelius” 圭吾にブロッグの説明をしました。村上龍も坂本龍一もいまいちまだ感動してくれていないので、ちょっと心配だった。かなり長く篤く話したので分かってくれたと思う。やってみてくれるって。

引用元:https://joi.ito.com/jp/archives/2002/10/13/002592.html

小山田圭吾さんのWikipediaや各種メディア、伊藤穰一さんのWikipediaでも一貫して「はとこ」と記載されており、広く確認された関係です。

血縁的には遠い親戚(祖父母の兄弟姉妹の子どもの子ども同士)ですが、

若い頃(中学生〜青年期)に経済的な事情で渋谷の同じアパート(ラブホテル改造物件)に隣同士で住んでいた時期があり、

家族ぐるみで非常に親密だったエピソードがブログなどに残っています。

圭吾とは実は昔お互いの家族があまり経済的に安定していないとき、同じ渋谷のアパートに住んでいました。変なラブホテルを改造して作ったアパートでした。彼はまだフリパーズギターを作っていなくて学校で起こられてばかりでした。僕はアメリカンスクールの友達と渋谷で与太っていました。

引用元:https://joi.ito.com/jp/archives/2002/10/13/002592.html

そのため「はとこだけど兄弟みたいに近い」と表現されることが多いです。

まとめると

・血縁関係:はとこ
・幼少期〜青年期に家族のように近い存在
・現在:それぞれテクノロジー(伊藤)と音楽(小山田)の分野で別々のキャリアを歩んでいる

血縁的には遠い親戚だけど、伊藤さん本人の昔のブログを見ると、

若い頃はかなり近い距離で過ごしていて、まるで兄弟みたいに親密だったみたいですよ。

まとめ|伊藤穰一と小山田圭吾の関係は?はとこで兄弟レベルの親密な関係だった?

ということで

伊藤穣一さんと小山田圭吾さんの関係についてまとめてみました。

二人ははとこというルーツを持ちながら、全く違う道を歩んできましたが、

その遊び心や実験精神はどこか通じている気がします。

これからの活躍が、互いに刺激し合ってさらに面白い化学反応を生むんじゃないかと、勝手に楽しみにしています。

ご一読ありがとうございました。

✔伊藤穣一さんとジャニーズに関係についてはこちらからどうぞ。

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