日本共産党の元中央委員会議長、不破哲三氏(本名:上田建二郎)の自宅が「大豪邸」として長年話題になっています。
平等や格差是正を訴える共産党のトップが、なぜ広大な山中の邸宅に住んでいるのか?
その場所はどこなのか?
また、妻が2020年に逝去した後、現在は家族が住んでいるのか?
そんな疑問を抱く人も少なくないでしょう。
不破氏の邸宅は、神奈川県の丹沢山麓、相模原市緑区(旧津久井地域)の別荘地に位置する約1000坪の広大な敷地に、複数棟の建物が建つことで知られています。
門から本宅まで車で森の中を進むほどの規模で、専用のコレクション館まであるという噂も。
党の専属料理人や運転手が常駐していた時代もあり、「赤い貴族」の象徴として批判される一方で、本人は高齢による生活の利便性を理由に挙げています。
このブログでは、そんな不破哲三氏の豪邸の実態に迫ります。
場所の詳細、建物の様子、現在の住まい状況などを、さまざまな情報源から探っていきましょう。
【画像】不破哲三の経歴やプロフィール!東京大学卒業で現在の年齢95歳!

不破哲三プロフィール
名前: 不破 哲三(ふわ てつぞう)
本名: 上田 建二郎(うえだ けんじろう)
生年月日: 1930年(昭和5年)1月26日 (95歳)
出身地: 東京都(旧東京市中野区)
ペンネームの由来: 自宅近くの「不破建設」と、初期の職場である鉄鋼産業労働組合の「鉄」から組み合わせたもの(本人の証言による)
学歴
・東京大学理学部物理学科卒業(1953年)
・旧制東京府立第六中学校(現・東京都立新宿高等学校)
・第一高等学校家族
家族
・父: 上田庄三郎(教育評論家)
・兄: 上田耕一郎(元日本共産党副委員長、故人)
・妻: 七加子(2020年逝去)
・子供: 詳細非公表(お笑いタレントのフワちゃんは無関係のデマ)
1947年、旧制一高在学中の17歳で日本共産党に入党し、1953年に東京大学理学部物理学科を卒業後、日本鉄鋼産業労働組合連合会で書記として働きます。
1969年に衆議院議員に初当選し、以降11期務め、2003年に政界を引退するまで佐藤栄作から森喜朗まで複数の首相と国会で対峙。
「カミソリ不破」の異名を取る鋭い論戦で知られました。
党内では1970年に書記局長に就任(当時40歳で「共産党のプリンス」と呼ばれた)、1982年から1989年まで、ならびに1989年から2000年まで党中央委員会幹部会委員長(党首)を務め、
2000年から2006年までは党中央委員会議長を歴任。
党の理論的支柱として、科学的社会主義の構築や党綱領の改定に大きく貢献しました。
2006年に議長を退任後、社会科学研究所所長に就き、2024年1月の党大会で中央委員を退任し、名誉役員となりました。
不破哲三氏は、日本共産党の戦後史を象徴する人物として長年指導的役割を果たしました。
【画像】不破哲三の豪邸の場所はどこ?前議長の自宅は相模原市緑区で現在家族が住んでる?


相模湖インターチェンジから車で約20〜30分ほどの深い森に囲まれた場所です。
敷地面積は約988坪(約3,265㎡)、一部の情報では1,000坪を超えるとも言われ、門から本宅まで車で数分進むほどの奥行きがあります。
かつては日本共産党の専属料理人や運転手が常駐し、不破氏夫妻の生活を支えていた時期もあったと報じられています。
この邸宅は、平等や格差是正を掲げる共産党の指導者が所有する豪華な住まいとして「赤い貴族」の象徴と批判されてきました。
一方、不破氏本人は高齢による健康上の理由から、都心を離れた静養に適した環境を選んだと説明していました。
不破哲三氏の大豪邸について、
現在家族が住んでいるかどうかは、現時点で公式な発表や確定的な報道はありません。
これまでの公開情報を基に状況をまとめると、次の通りです。
不破氏の妻・七加子氏は2020年に逝去しており、晩年の不破氏はこの山中の邸宅を主な住居とし、一人暮らしに近い形で生活していたとされています。
子供の存在や詳細については一切公表されておらず、家族構成自体が不明瞭です(お笑いタレントのフワちゃんとの関係は完全なデマとして否定されています)。
2020年頃の報道では、高齢の不破氏を支えるため、日本共産党のスタッフが通いで介護や家事支援を行っていた様子が伝えられていました。
現時点では家族が住んでいるかどうかは不明です。
将来的に相続手続きが進むにつれて、家族や党関係者による管理状況が明らかになる可能性はありますが、現在は確認できる情報がありません。
【画像】不破哲三はなぜ豪邸に住める?資産は数十億?


生涯で140冊以上の著書を出版し、党の機関紙「しんぶん赤旗」で繰り返し宣伝されたほか、党員や支持者に購入が強く奨励される仕組みにより、安定した売上を確保していました。
報道や元党員の証言によると、印税は初版分を党に寄付した後、増刷分が個人収入となるケースが多く、衆議院議員時代(2003年引退まで)の印税収入は年間900万円から1,500万円程度に上ったと推定されています。
この収入が長期間蓄積されたことが、豪邸の購入と維持の大きな原資となったと考えられます。
その他の収入源としては、
・衆議院議員としての歳費(党への寄付後手取り分)
・廃止前の国会議員互助年金(年約600万円程度の推定)
・党幹部としての給与(常任幹部会委員時代は年700〜800万円程度)
などがありました。
ただし、2003年に敷地内の建物の一部(2棟)が党所有に移転されており、公私混同の批判も根強くあります。
不破氏本人は、この邸宅を選んだ理由を
「高齢による健康上の必要性」
と説明していましたが、かつては党が専属料理人や運転手を派遣して生活を支えていた時期もあり、「赤い貴族」批判を招く要因となりました。
以上の内容は、主に過去の報道や元党員証言に基づくもので、共産党側からの詳細な反論はほとんど見られません。
まとめ|【画像】不破哲三の豪邸の場所どこ?自宅は相模原市緑区で資産数十億の御殿!
ということで
不破哲三氏の豪邸についてまとめてみました。
不破哲三氏の豪邸(神奈川県相模原市緑区青根、約1000坪)は、長年の著書印税(年間数百万〜1500万円程度)が主な資金源で購入・維持されたとされています。
党の宣伝力で本が売れ、蓄財が可能でした。
妻は2020年に逝去、現在、家族が住んでいるかは不明(子供の情報も非公表)。
平等を訴える共産党指導者の豪華な生活は「赤い貴族」と批判され続けてきましたが、本人は高齢による健康上の理由と説明していました。
相続に関する詳細はまだ明らかになっていませんし、子供の存在自体が非公表であるため、
この邸宅が今後どうなるのかはわかりませんが、資産の行方も今後注目される可能性がありますね。
ご一読ありがとうございました。


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