山田琉聖の中学や高校はどこ?新川中から相生学院高校へ進学!

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スノーボード界で今、最も注目を集めている若手ライダーの一人、山田琉聖選手。

まだ10代ながら、その圧倒的なスタイルとトリックの完成度で、世界のトップ選手たちとも互角以上に渡り合っています。

そんな山田選手のスノーボード人生は、もちろん競技の実績だけではなく、

幼い頃からの環境や進学先の選択も大きく影響していると言われています。

特に「中学・高校時代をどこで過ごしたのか?」という質問は、

ファンの間でもよく話題に上がる一つです。

実は山田選手の学生時代には、ある特徴的な進路の選択がありました。

今回は、山田琉聖選手が通っていた中学校、そして高校について、

少しずつ紐解いていきたいと思います。

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目次

山田琉聖プロフィール!身長171㎝で現在の年齢19歳!

画像引用元:https://www.youtube.com/watch?v=jRED4nZ2py8

山田琉聖プロフィール

名前:山田 琉聖(やまだ りゅうせい / YAMADA Ryusei)
生年月日:2006年3月25日(現在19歳)
出身地:北海道札幌市
身長:171㎝
スタンス:Regular
種目:スノーボード ハーフパイプ(SB-HP)
所属:チームJWSC / 国際スノーボード&スケートボード専門学校(新潟県妙高市)
ランク:全日本スキー連盟 Aランク

山田琉聖選手は、2006年3月25日に北海道札幌市で生まれました。

5歳の頃、両親の影響を受けてスノーボードを始め、地元のさっぽろばんけいスキー場で遊びながら自然とボードに親しんでいきます。

転機となったのは10歳の頃。

2016年に同じばんけいスキー場で開催されたスノーボード・ワールドカップを目の当たりにしたことで、ハーフパイプに強く惹かれるようになりました。

それ以来、ハーフパイプを本格的に志し、小学4年生頃から競技に取り組み始めます。

小学6年生になると、本州や海外への遠征もスタート。

まだ小学生ながら、国内外の大会に積極的に参戦し、着実に実績を積み重ねていきました。

中学3年生の14歳の時にFIS全日本選手権で6位入賞。

この成績がきっかけで全日本スキー連盟の強化指定選手に選ばれ、日本代表候補としての道が開かれました。

高校時代にさらに技術を磨き、2023年のFIS全日本選手権(鯵ヶ沢)では初優勝を飾り、一気に国内トップクラスの存在へと躍り出ました。

その後も勢いは止まらず、2024年には江原道ユースオリンピック冬季大会ハーフパイプで銅メダルを獲得。

FISワールドカップでも表彰台に何度も上がり、2025年にはついにワールドカップ初優勝を達成します。

特にスイッチダブルアーリーチャックナインをはじめとする独創的で難易度の高いトリックを武器に、

世界の若手ライダーの中でも異彩を放つスタイルを確立していきました。

現在は国際スノーボード&スケートボード専門学校(JWSC)に在籍し、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック日本代表に内定。

19歳にしてすでに世界の頂点を狙える実力を持ち、次世代のハーフパイプを牽引する存在として大きな期待が寄せられています。

人と被らない滑りを追求し続ける山田琉聖選手。

その独自のスタイルと成長曲線は、これからもスノーボード界に新しい風を吹き込み続けることでしょう。

山田琉聖は札幌市立新川中学校出身

画像引用元:https://www.youtube.com/watch?v=jRED4nZ2py8

山田琉聖選手が通っていた中学校は、北海道札幌市北区にある札幌市立新川中学校です。

地元の公立中学校に進学した琉聖選手にとって、中学時代はスノーボードの本格的な競技生活と学校生活を両立させながら大きく飛躍した時期でもありました。

すでに小学6年生の頃から本州や海外への遠征を始めていた山田選手ですが、中学校に上がってからもそのペースは加速。

冬場は国内外の大会や合宿でほとんど学校を離れていることも珍しくなく、

それでも新川中学校の先生方や同級生の理解を得ながら、学業と競技を両立させていました。

中学3年生の14歳の時、FIS全日本スノーボード選手権で6位入賞という大きな結果を残し、

これがきっかけで全日本スキー連盟の強化指定選手に選出されます。

この時点で、日本を代表する若手ハーフパイパーの一人としての地位を確立し始めたと言えるでしょう。

新川中学校時代は、まさに「競技者としての山田琉聖」が形作られていった大切な3年間。

地元・札幌の雪と仲間たちに支えられながら、世界を見据えた滑りの基礎を築いていった時期だったのです。

画像引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E5%B8%82%E7%AB%8B%E6%96%B0%E5%B7%9D%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1

山田琉聖選手が通っていた中学校は、北海道札幌市北区にある札幌市立新川中学校です。

1976年に開校した比較的歴史のある公立中学校で、最寄り駅はJR学園都市線の新川駅から徒歩わずか3分ほど。

住宅街の中にあり、向かい側には新川中央小学校が位置しているため、小中一貫のような親しみやすい環境が広がっています。

校舎は4階建てで、3〜4階の北側半分が屋内体育館になっているのが特徴的です。

冬になると校庭で雪だるまづくりをする1年生の行事があったり、雪国・北海道らしい学校生活が日常的に感じられる場所です。

全体的にのんびりとした雰囲気で、地域に根ざした温かみのある中学校です。

山田琉聖は相生学院高校卒業

画像員代元:https://www.youtube.com/watch?v=No3TSJPgb3Y

新川中学校を卒業した山田琉聖選手が選んだ進学先は、相生学院高等学校(兵庫県相生市)でした。

相生学院高校は、通信制課程をメインに展開する私立高校で、

特にスポーツや芸能活動など、通常の全日制では両立が難しいアスリートやアーティストを数多く受け入れていることで知られています。

全国各地からトップレベルの選手が集まる学校の一つであり、

スノーボードをはじめとするウィンタースポーツの生徒も少なくありません。

すでに中学時代から国内外の大会や合宿、練習で多忙を極めていた山田選手にとって、普通の全日制高校に通うことは現実的ではなく、

競技を最優先しながらも高校卒業資格を取得できる環境が必要だったのです。

相生学院では、レポート提出やスクーリング(集中登校)、単位認定試験などを自分のスケジュールに合わせて進められるため、

冬のシーズンはほぼ雪山で過ごし、夏場やオフシーズンに必要な学習を集中してこなすというスタイルが可能でした。

スノーボードに全力で向き合いたい」という強い意志を、学校側も理解しサポートしてくれたことで、

高校時代もさらに技術を磨き続けることができたのです。

そして高校在学中の2023年、FIS全日本スノーボード選手権(鯵ヶ沢)で初優勝を飾り、国内トップの座を掴みます。

その後もユースオリンピックでの銅メダル、ワールドカップでの表彰台、そして2025年のワールドカップ初優勝と、

着実に結果を積み重ねていきました。

相生学院高校を卒業したことで、琉聖選手は競技者としての基盤をより強固なものにしながら、きちんと学歴も手に入れました。

アスリートとしての夢を諦めず、同時に将来の選択肢も広げた——

そんな高校時代が、山田選手の現在につながっているのです。

画像引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E7%94%9F%E5%AD%A6%E9%99%A2%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1

相生学院高等学校は2008年に開校した私立の広域通信制・単位制高等学校で、本校は兵庫県相生市野瀬に位置しています。

全国どこからでも入学が可能で、東京・大阪・奈良・兵庫などに学習センターを構え

柔軟な学習スタイルを提供しているのが大きな特徴です。

通信制の仕組みを活かしたカリキュラムが最大の魅力で、

レポート提出・スクーリング(集中登校)・単位認定試験などを自分のペースで進められます。

特にスポーツコースや特進科が充実しており、

テニス・サッカー・ボクシング・硬式野球などの競技に本気で打ち込む生徒を積極的に受け入れています。

テニス部はインターハイなどで全国トップレベルの実績を誇り、プロ選手やアメリカの大学進学者を多数輩出していることで有名です。

卒業生には

日髙光揮(サッカー選手)
福井悠人(サッカー選手)
長嶋志歩(サッカー選手)
中坂勇哉(サッカー選手)
小林豪己(プロボクサー)
山中菫(プロボクサー)
斉藤貴史(テニス選手)

などスポーツ選手を多く輩出しています。

まとめ|山田琉聖の中学や高校はどこ?新川中から相生学院高校へ進学!

ということで

山田琉聖選手の中学や高校についてまとめてみました。

山田琉聖選手は、地元・札幌市立新川中学校でスノーボードの基礎を築き、

相生学院高等学校の通信制という柔軟な環境で競技に全力投球しながら成長を続けました。

新川中の雪に囲まれた日々から、相生学院での夢を追いかける時間まで——

その一貫した「スノーボード最優先」の姿勢が、今のワールドカップ優勝やオリンピック代表という結果を生み出しています。

これからも独自のスタイルで世界を驚かせるであろう琉聖選手。

山田選手のこれまでの道のりは、まさに「夢を諦めない」ことの証明そのものです。

これからも、山田琉聖の滑りに目が離せません!

ご一読ありがとうございました。

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