今、参政党で全力で活動を続けている先沖仁志さん。
子どもたちの未来や日本のために、地道に街頭に立ち、演説を重ね、日々を駆け抜けている姿を、多くの方が応援してくれています。
そんな先沖さんの意外な(でもカッコいい)過去があることを知っている人は、まだまだ少ないかもしれません。
20年以上前、ヴィジュアル系ロックが熱狂の渦を巻き起こしていた時代——
インディーズシーンを席巻したバンド、Dué le quartz(デュール クォーツ)のボーカルとして、Sakitoという名でステージに立っていたそう。
そんな先沖仁志さんの、バンド時代から現在までの軌跡を、少しずつ振り返ってみようと思います。
【画像】先沖仁志の経歴やプロフィール!身長170㎝で現在の年齢49歳!
本日もとても寒い中💦
— 先沖仁志🟠さきおきひとし@参政党 (@h_sakioki) January 31, 2026
多くの方が街頭演説会🎤に
ご参集くださり
とても感動しました🥹✨
本当にありがとうございました🙇
風邪などひかぬよう
暖かくしてゆっくりお休みくださいね🙏
明日も全力で駆け抜けます💪💪💪#ひとりひとりが日本#比例は参政党 pic.twitter.com/XpKi3YuDBE
先沖仁志プロフィール
生年月日:1976年4月26日(現在49歳)
出身地:広島県呉市
身長:170㎝
学歴:広島県立呉商業高等学校(会計科)卒業
家族:妻 息子二人
現在の肩書:株式会社志紀 代表取締役(小売業・コンビニ経営など関連事業)
広島県呉市出身で、広島県立呉商業高等学校(会計科)を卒業後、上京しました。
高校卒業後、音楽の道へ進み、1999年2月にヴィジュアル系ロックバンド「Dué le quartz(デュール クォーツ)」を結成。
ボーカルとしてSakito(サキト)の芸名で活動し、リーダーを務めました。
インディーズシーンで絶大な人気を博し、アジア圏を中心に海外ファンも獲得。
バンドは2002年9月に解散。
その後、2005年にベースのキカサとユニット【FIGURe;】を短期間結成しましたが、同年9月にSakitoの脱退により活動終了。
30歳頃に芸能界を引退しました。
引退後は学習塾の経営、金融業界での勤務、コンビニ経営などを経て、起業。
政治活動への転身は、子どもが生まれたことをきっかけに「これまで政治を他人任せにしていた自分を変えたい」との思いから。
2020年に参政党の結党時から参加し、神奈川県連選対部長なども務めています。
2022年の第26回参議院議員通常選挙(石川県選挙区、参政党公認)で初出馬(落選)。
当時は石川県小松市に移住し、石川支部副支部長として活動していました。
2024年の第50回衆議院議員総選挙(神奈川14区、参政党公認)に出馬(落選、得票約15,090票)。
現在は2026年の第51回衆議院議員総選挙(神奈川14区、参政党公認)で出馬中です。
スローガンは「子どもたちの未来を守る」「日本人ファースト」など。
選挙戦中も家族を大切にし、2026年1月に出産した次男の誕生を報告するなど、公私をバランスよく発信しています。
過去のバンドマン時代を知る人からは「Sakitoの情熱が今も政治の場で続いている」と感慨深い声が多く、街頭演説やSNSで地道に支持を広げています。
【画像】先沖仁志のV系バンドDuélequart(デュールクォーツ)とは?

バンド名はフランス語で「双面水晶」(人間の二面性、表と裏の顔)を意味し、甘美で繊細なメロディーと激しい感情表現が融合した独特のサウンドが特徴。
派手なメイクと世界観でファンを魅了し、特にアジア圏(中国・台湾・韓国など)で海外ファンも多く獲得していました。
1998年12月頃、ボーカルのSakito(先沖仁志)とギタリストのKenを中心にスタート。
最初は「二つの水晶」(Futatsu no Suishou)という仮名で秘密ライブを行い、1999年2月14日に正式デビュー(初ライブ)。
1999年5月にKenが音楽性の違いで脱退。
同年6月にギタリストの雅~みやび~(現:MIYAVI)が加入し、最終的な黄金ラインナップが完成。
Vo. Sakito(先沖仁志) – リーダー作詞担当
Gt. 雅~みやび~(MIYAVI) – 作曲・プログラミングを主に担当、大半の楽曲制作
Ba. キカサ
Dr. KAZUKI
PS COMPANY(Free-Will系列のレーベル)に所属。
1999年にミニアルバム「未完成の“ジキル”と“ハイド”」をリリースし、シングル「Muddy blood」「明鏡止水」など名曲を連発。
代表曲「明鏡止水」は結成初期の象徴的なナンバーで、今もファンに愛されています。
2002年9月22日、渋谷AXでのライブを最後に突然解散。
表向きは「バンドの目指す方向性の違い」ですが、当時不仲説も囁かれました。
インディーズながら海外人気も高く、解散はV系ファンに大きな衝撃を与えました。
激しくも美しいメロディー、Sakitoの情感豊かなボーカル、MIYAVIの革新的で個性的なギタープレイが融合したサウンドが最大の魅力。
当時のヴィジュアル系インディーズシーンを象徴する存在で、kote kei(コテ系)と呼ばれる派手なビジュアルスタイルも特徴的です。
解散後、Sakitoは2005年にキカサと短期間ユニット【FIGURe;】を結成しましたが、同年9月に脱退し芸能界を引退。
現在は参政党の政治家として活動中。
一方、MIYAVIはソロアーティストとして世界的に活躍を続けています。
【画像】先沖仁志がバンド引退後に参政党に参加した理由は?

先沖仁志さんがバンドを引退した後、参政党に参加した理由は、本人自身の言葉で最も明確に語られているように、
父親になったことをきっかけに、これまで政治を他人任せにしていた自分を変えたい
と思ったからです。
その後は学習塾の経営、金融業界での勤務、コンビニ複数店舗の経営などを経て、株式会社志紀を設立し、起業家として地域に根ざした生活を送っていました。
ビジネスで安定した基盤を築きながらも、心のどこかで「もっと大きなものを守りたい」という思いが芽生えていたようです。
決定的な転機は、子ども(長男)の誕生でした。
2022年の自己紹介動画で、先沖さんは「父親になったことで、これまで政治を他人任せにしていた自分を変えたいと思った」とはっきりと述べています。
特に、息子の教育環境をより良くするために石川県へ移住したエピソードを挙げており、「子どもたちの未来を守る」という想いが、政治参加の原動力になったことがわかります。
参政党が結党された2020年のタイミングで入党し、結党当初から神奈川支部で支え、石川支部副支部長なども務めながら、選挙の最前線で活動を続けてきました。
音楽時代にステージで「本気で世界を変えたい」と表現していた情熱は、形を変えて今も続いていると言えます。
参政党の理念——教育・食・医療の自立、日本人ファースト、国民一人ひとりが政治に参加できる社会——
が、先沖さんの価値観と深く一致したため、自然な流れで本格的に関わるようになったのでしょう。
最近の選挙戦中でも、次男の誕生報告で「子どもたちの未来を守る!!」と繰り返し強調しており、家族体験が政治活動の軸になっているのが伝わってきます。
音楽から政治への転身は、V系ファンにとっては意外な道のりですが、「Sakitoらしい本気の生き方」として、多くの人が感慨深く受け止めているようです。
まとめ|【画像】先沖仁志のV系バンドは?DuélequartのボーカルでSakitoだった!
ということで
先沖仁志さんのバンド時代についてまとめてみました。
Dué le quartzのSakitoとしてステージを熱く駆け抜け、音楽で多くの心を掴んだ先沖仁志さん。
今は参政党の候補として、子どもたちの未来を守るために街頭に立ち、家族を大切にしながら全力で走り続けています。
次男誕生の喜びを分かち合いながらも、選挙戦を諦めない姿に、昔のファンも新しい支持者も心を動かされているようです。
音楽から政治へ——形は変わっても、あの「本気で何かを変えたい」という情熱は今も輝き続けています。
これから先沖さんが国会でどんな声を上げ、日本をどう変えていくのか。
私たちも一緒に注目し、応援していきましょう。
ご一読ありがとうございました。


コメント