歌舞伎の世界に「松嶋屋」という屋号を聞けば、誰もがまず思い浮かべるのが片岡仁左衛門です。
元禄の頃(17世紀後半)から途切れることなく受け継がれてきたこの名跡は、上方歌舞伎の歴史そのものと言っても過言ではありません。
優美で情感豊かな「和事(わごと)」の芸風を現代まで守り続け、江戸歌舞伎の荒々しさとも融合させてきた、まさに上方歌舞伎の象徴的な家系です。
当代は人間国宝であり文化勲章受章者の十五代目片岡仁左衛門(片岡孝夫)。
80歳を超えた今なお「生きる教科書」と称され、舞台に立つたびに観客を魅了し続けています。
一方で、この名門の特徴は「血縁だけではない芸の継承」にもあります。
多くの代で養子を迎え、芸の火を絶やさぬよう守り抜いてきた歴史があり、現在もその精神は色濃く受け継がれています。
片岡仁左衛門家には、父から子へ、兄から弟へ、そして養子へと受け継がれる数々の物語があります。
十三代目と十五代目の親子二代で上方歌舞伎の危機を救ったと言われるほどの偉業――。
このブログでは、そんな片岡仁左衛門家の壮大で感動的な家系図を、
歴代のエピソードとともにわかりやすく紐解いていきます。
上方歌舞伎の魂とも言うべき名門の、全てがここにあります。
どうぞ最後までお付き合いください。
【画像】片岡仁左衛門の元禄から現代まで
初代 片岡仁左衛門 (1656頃〜1716頃)
└─ 元禄期・敵役の名優 (石川五右衛門などで有名)
↓ (預かり期・約100年空白)
二代目 (生没年不詳)
↓ (預かり名跡)
三〜六代目 (預かり・名乗る者なし)
七代目 片岡仁左衛門 (1755〜1837)
└─ 名跡復活・松嶋屋系統開始 (長寿名優)
↓ (養子)
八代目 片岡仁左衛門 (1810〜1863)
├─ 三男 → 十代目 片岡仁左衛門 (1851〜1895)
│ └─ 養子 → 十二代目 片岡仁左衛門 (1882〜1946)
│ └─ (長男・追贈) 十四代目
│
└─ 四男 → 十一代目 片岡仁左衛門 (1857〜1934)
└─ 養子 (三男) → 十三代目 片岡仁左衛門 (1903〜1994、人間国宝)
└─ 三男 → 十五代目 片岡仁左衛門 (1944〜、当代・人間国宝)
├─ 長男: 片岡孝太郎
│ └─ 子: 片岡千之助 (孫・若手)
├─ 長女: 汐風幸 (元宝塚)
└─ 次女: 片岡京子 (女優)
※兄たち
└─ 五代目片岡我當 (長兄、2025年没)
└─ 二代目片岡秀太郎 (次兄、人間国宝・女形、2025年没)
└─ 養子: 片岡愛之助 (血縁なし、妻:藤原紀香)
当代で15代を数えますが、初代から六代目までは記録が極めて曖昧で、系統が途切れやすく「預かり名跡」や空白期が長く続きました。
七代目以降で養子中心の継承が本格化し、系統が完全に変わった現代の松嶋屋が確立しています。
実際に舞台で「仁左衛門」を襲名した確実な代は初代・二代目・七代目以降の9名程度とされ、九代目・十四代目は死後追贈です。
【画像】15代目片岡仁左衛門の家系図はどうなっている?

現在81歳(2026年現在)もなお現役で活躍し、「生きた手本」「仁左衛門歌舞伎の生き字引」と称賛されています。
十五代目を中心に、現代の松嶋屋一門の家系図は上記のようになっています。
特に兄・二代目秀太郎の養子として入った片岡愛之助さんが、血縁を超えて松嶋屋の重要な柱となっています。
上方歌舞伎の伝統を守りつつ、血縁と養子の両輪で未来へ繋ぐ――これが現代の松嶋屋の姿です。
十五代目仁左衛門が今も舞台に立ち続ける姿は、一門全体の象徴と言えるでしょう。
【画像】片岡仁左衛門13代目と15代目が救った上方歌舞伎の松嶋屋の黄金時代

上方歌舞伎は、戦後から高度経済成長期にかけて、存亡の危機に瀕していました。
東京中心の江戸歌舞伎が勢いを増し、大阪・京都の劇場は縮小、観客の高齢化と減少、古典の上方和事(わごと)狂言の上演機会が激減し、「もう上方歌舞伎は終わりだ」とまで言われていた時代です。
そんな絶望的な状況の中、
十三代目片岡仁左衛門とその三男である十五代目片岡仁左衛門の親子二代が、松嶋屋の命運を懸けて上方歌舞伎を蘇らせ、現代の黄金時代を築きました。
十三代目片岡仁左衛門(1903〜1994、人間国宝)は、東京生まれながら大阪に移り住み、一生涯を上方歌舞伎の復興に捧げました。
彼の最大の功績は、1950年代から始めた自主公演「仁左衛門歌舞伎」です。
当時、大劇場では上方役者の出番が少なく、義太夫狂言の名作が上演されなくなっていたため、十三代目は私財を投じて小劇場や南座の貸切公演を繰り返しました。
『女殺油地獄』『曽根崎心中』『菅原伝授手習鑑』の菅丞相など、優美で情感豊かな上方和事の古典を次々と復活させ、芸の火を絶やさぬ姿勢を貫きました。
最晩年には失明しながらも舞台に立ち続け、91歳で逝去するまでその意志を曲げませんでした。
この十三代目の執念が、上方歌舞伎を「消滅の危機」から「存続の道」へと導き、多くの若手役者が「仁左衛門歌舞伎」に憧れて入門するきっかけとなりました。
1998年に十五代目を襲名して以来、父の芸を完璧に継承しつつ、現代の観客に響く洗練を加えました。
「仁左衛門歌舞伎」を南座や大阪松竹座で定期公演として定着させ、上方歌舞伎の定番に押し上げた功績は計り知れません。
文化勲章(2018年)や人間国宝(1998年)の栄誉をはじめ、数々の賞を受章し、「生きる教科書」「上方歌舞伎の生き字引」と呼ばれ、若手育成にも尽力しています。
十三代目が上方歌舞伎を死なせなかった救世主であるならば、十五代目はそれを黄金時代へと押し上げた継承者です。
親子二代で約70年にわたり、上方和事の伝統を守り、復活させ、現代に輝かせたこの物語は、歌舞伎史に残る奇跡的な親子伝説です。
今、孫の片岡千之助がその血を受け継ぎ、次世代へのバトンが渡されようとしています。
上方歌舞伎の未来は、松嶋屋の「芸の炎」が消えない限り、決して暗くはありません。
まとめ|【画像】片岡仁左衛門の家系図はどうなっている?17世紀後半から続く上方歌舞伎の名門!
ということで
片岡仁左衛門の家系についてまとめてみました。
元禄から約350年、片岡仁左衛門(松嶋屋)は上方歌舞伎の歴史そのものです。
十三代目と十五代目の親子二代が危機を乗り越え、伝統を現代に輝かせた今、
血縁の孝太郎・千之助と、養子の愛之助が融合する一門は、さらに力強く続いています。
優美な和事の芸風、情感豊かな義太夫狂言、そして「芸の炎」を絶やさぬ執念――
これらが松嶋屋の魂です。
十五代目が今も舞台に立ち、孫の千之助が次世代を担う姿に、
上方歌舞伎の明るい未来が見えます。松嶋屋は永遠に、上方歌舞伎の灯を照らし続けます。
どうぞ、これからも応援をよろしくお願いいたします。
ご一読ありがとうございました。
✔片岡仁左衛門と奥様についてはこちらからどうぞ。



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